キリストの聖体の主日
2020.6.14(ヨハネ6:51-58)
私は天から降ってきた生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる」ユダヤ人たちはこの言葉につまずきました。私たちにも分かりにくい言葉です。でも、ちょっと視点を変えて考えてみましょう。
例えば親(お父さんでもお母さんでも)が子供に食事を作って食べさせるとします。その食事を子どもが「美味しい」と言ったら親は喜びます。なぜ怒らないのですか?反対に子どもが「まずい」とか「いらない」とか言うと親は怒ったり悲しんだりします。なぜ喜ばないのですか?答えは非常に簡単でしかも非常に大切です。例えば親が得意のハンバーグを作って子どもに「これ美味しいよ、食べなさい」と言ったとき、それはもはやハンバーグではなく自分自身になるわけですね。だから「おいしい!このハンバーグ最高!」と言ったとき、それはハンバーグではなく、作ってくれた親の心を食べることになるのですね。だから親は喜ぶのです。反対に「まずい」とか「いらない」と言ったときそれはハンバーグを作ってくれた親自身を拒否することになるのです。だから親は怒ったり悲しんだりします。
ですから子どもは親が作った食事で成長することは、親の心を食べながらつまり親自身を食べながら成長するということなのですね。どこかの子供が「お母さん(お父さん)が作ってくれたお好み焼きは世界一美味しい!」と言ったとします。その言葉の意味は「僕、お母さん(お父さん)のこと世界一好きだよ!」ということなのですね。
今日はキリストの聖体の主日です。キリストが私たちに永遠の形見として残してくださったご聖体を記念します。ご聖体はイエスの全てです。このご聖体をいただいてイエスとひとつになりましょう。でもこの日にはもうひとつ大切な教えがあります。それは、イエスを愛する人は食事の好き嫌いしてはいけません。食事を喜んでいただくことは作ってくれた人を喜んで受け入れることです。皆さん好き嫌いせず何でも喜んでいただきましょう。
(赤波江 豊 神父)