12月13日待降節第3主日
赤波江神父の黙想のヒント

 「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそキリスト・イエスにおいて神があなたがたに望んでおられることです。」(テサロニケの教会への第1の手紙5:16-17)

 パウロが他のどの福音書よりもはるかに多く使う言葉がこの喜びと感謝です。でも皆さん勘違いしないでください。喜びと感謝と言っても、パウロは普通私たちがイメージしているように、単にいつもにこにこと嬉しそうな顔をしていただけではないのです。彼は誰よりも多くの試練と困難に直面しました。だからこそ、それを乗り越えたときその喜びを誰よりも感じたのですね。ですから彼が言う喜びは決して感情的な表情ではなく、生きる意味を感じ取った実感なのです。ですからどんなことにも感謝できたのですね。「“霊”の火を消してはいけません」(5:19)とパウロは続けて言いましたが、この霊とは聖霊のことです。聖霊の一番大きな働きは私たちを前進させることです。

 昔、坂本九という歌手が「明日がある」という歌で日本人を元気づけてくれました。「明日があるさ、明日がある、若い僕には夢がある、明日がある、明日がある、明日があるさ・・・」「明日がある」これこそ私たちの信仰です。確かに過ぎた一日は決して帰ってこない。どんなに悔やんでも嘆いても戻らない。でも明日という日は永遠に私たちを訪れてくれるのです。この地球始まって以来太陽が昇らなかった日は一度もありません。明日が訪れるということは、今日どんな失敗をしてもまたやり直すチャンスが与えられるということ、今日の傷は明日自らが癒してくれる、今日の涙は明日自らぬぐってくれるということなのですね。ですから新しい日を迎えることは決して当たり前の平凡なことではなく、実は非常に大切な素晴らしいことなのですね。日の出とともに勇気が与えられる。喜びと感謝で新しい日を迎えましょう。

 立ち止まるな、前進せよ、過去を悔やむな、これが聖霊の促しであって私たちの信仰です。

 皆さん、昨日の人ではなく、いつも明日の人になりましょう。

      (赤波江 豊 神父)

今日の福音朗読

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