5月28日 聖霊降臨の主日
黙想のヒント

「炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。」(使徒言行録2:2)

 火は聖霊を表す一つのシンボルです。その火の働きは暗闇を照らすということです。従って聖霊の働きを受けた人の特徴は明るさです。教会の歴史においても聖霊の働きを受けた聖人たちの特徴は喜び、陽気、明るさであり、それは調和のとれた霊性のしるしでした。その明るさとは、生まれながらの性格を言うのではなく、神の導きに対する大きな信頼、あるがままの自分が受け入れられている、最後には必ず全てがうまくいくという確信から生まれるものです。確かにこの世界は難問が山積みされていますが、それでもこの世界を明るく澄んだ目で見つめることが大事です。未だ訪れていない未来を不安の目で見るのではなく、きっといいことが起こるに違いないという期待と希望の目で見つめましょう。そうすれば、この社会が難問だらけに見えても、それでも社会が動き続けているのは無数の善意な人たちが無償で働いてくれていることが分かり、自然と感謝の気持ちが湧いてきます。

 かつて経営の神様と言われた松下幸之助は入社試験の面接で、「あなたは自分がツイている(運がいい)と思いますか」と質問し、自身も自分はツイているとよく語っていたそうです。私は彼がなぜそのような質問をし、また自身もそう語ったのかは知りませんが、きっと次のような理由からだと思います。人間の脳はどんなコンピューターよりも高性能です。ですから自分の脳に「自分は運がいい」というソフトを組み込み、目標をインプットすれば、こうすればできる、ああすればできるはずだと、「できる」イメージだけが浮かびあがり、イメージトレーニングも効果的です。反対に、脳に「自分は運が悪い」というソフトが組み込まれると、過去の体験から「できなかった」「やっぱり無理だ」というトラウマばかりが検索されて、できない姿ばかりがイメージされ、結局本当にできなくなってしまいます。だから「自分はツイている、運がいい」と信じ込むある種の「愚かさ」が必要なのですね。

 これは神の前でも同じで、幸せな人によく見られるのは、愚直に神と人から愛されていると信じ、そこから神と周囲への感謝を忘れません。何でも感謝できるからこそ、身に迫った小さな危険信号にもすぐ気がついて、「これを通して神は自分に何かを教えてくれているのだ。早く気がつけてよかった」と思えるのです。そのような人は共通して皆平常心ですが、それはマイナス感情を抱かないというのではなく、自分で自分の心をこまめにケアして、マイナス感情が起こってもそれをすぐプラス感情にする努力をしています。別の言葉で言えばどんな状況でも幸せが感じられるよう、常に心のケアをしているということです。

 「幸せな人は、周りの人をも幸せにします」(アンネ・フランク)前述のように、聖人たちの明るさ、陽気さなどは調和のとれた霊性のしるしであり、また社会でも前向きな人、ポジティブな人は、実はそれだけで立派な社会貢献をしているのです。

 「暗いと不平を言うよりも、進んで灯りをつけましょう」昔このような標語がありましたが、これこそが聖霊降臨の標語でもあるのですね。 

      (寄稿 赤波江 豊 神父)

今日の福音朗読

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