7月2日 年間第13主日
黙想のヒント

「自分の命を得ようとする者はそれを失い、私のために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」(マタイ10:39)

 聖書には福音的逆説とも言うべき言葉があります。冒頭の今日の福音書の他に、「心の貧しい人は幸いである」(マタイ5:3)、「先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。」(マルコ10:31)、「誰でも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」(ルカ14:11)、「わたしは弱いときにこそ強いからです。」(Ⅱコリント12:10)などがあります。人生は必ずしも私たちが考え、望む結果を与えてくれるわけではありません。「人生思うようにならないという」という言い方もありますが、また「人生思わぬところに道もある」のです。結論を急がず時間をかけて何が恵みで、何が恵みでないかを識別しなければなりません。時の経過は最良の教師でもあるのです。一度落ち込んだからと言っても、それがいつまでも続くわけではなく、また反対に、成功したと思ったときにこそ、大きな落とし穴が潜んでいるのです。このようなとき、聖書と共に「人間万事塞翁が馬」(にんげん[じんかん]ばんじさいおうがうま)という故事も参考になります。これは中国の前漢時代、劉安(りゅうあん)によって編纂された思想書「淮南子(えなんじ)」の「人間(じんかん)訓」の中に記されています。

 中国北方の国境(塞)の近くに一人の老人(翁)が住んでいました。彼は立派な馬を持っていたのですが、ある日その馬は逃げてしまいました。近所の人は残念がって慰めに来ましたが、彼は「このことが必ずしも災いになるわけではない。」と言いました。しばらく経ったある日、逃げ出した馬が10頭近くの良い野生馬を連れて帰りました。近所の人が喜んでお祝いに駆けつけると、彼は「このことが必ずしも幸運になるわけではない。」と言いました。やがて彼の息子がそのうちの1頭の馬に乗ったところ、落馬して足を骨折してしまいました。近所の人が残念がってお見舞いに行くと、彼は「このことが必ずしも災いになるわけではない。」と言いました。やがて異民族である胡の襲撃があり、若者たちは戦争に駆り出され、国は守られましたが、多くの若者は戦争で亡くなってしまいました。しかし老人の息子は足を骨折していたので戦争に行かずに済みました。

 人生嬉しいこと楽しいことや、辛いこと悲しいこともありますが、何が幸か不幸かすぐに結論を急ぐのではなく、時間をかけて識別する必要があります。全てのことは変化し続けるからです。

 「時の経過は最良の教師です。」

      (寄稿 赤波江 豊 神父)

今日の福音朗読

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