「イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた」(使徒言行録1:10)
このとき彼ら(弟子たち)はどんな表情で天を見つめていたのでしょうか。これから自分たちはどうやって生きて行ったらいいのだろうかと、寂しそうな顔で見つめていたのかも知れません。あるいは泣いていたのかも知れません。そのとき白い服を着た二人の人(天使)が「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる」(同1:11)と語りかけました。
この言葉の意味は「神は過去の扉を閉じる時、必ず同時に未来への扉を開いてくださる。だから閉じられた過去の扉ばかり見つめてはいけない。開かれた未来への扉に目を向けよ。神は人間から何かを奪うとき、必ずそれと同等か、それ以上のものを与えてくださるではないか。だから落日ではなく、昇る朝日に目を向けよ」ということなのです。聖書には記されていませんが、この天使の言葉を聞いた時、弟子たちの中にきっと笑顔が見られただろうと私なりにこの情景を想像しています。
日本人は悲しい時に笑う精神性があります。例えば1995年の阪神淡路大震災の時、私はローマにいましたが、その時一人のアフリカの司祭が私のもとに来て、(どうやら彼はテレビで震災の瓦礫の中で笑う神戸の人たちを見たようです)「どうして彼らはこんな大変な時に笑っているのか。私には理解できない」と言うのです。今でも震災で甚大な被害を受けた日本人が穏やかに笑うニュースをよく見かけます。関東大震災の古い映像でも穏やかに笑う人を見たことがあります。しかし同じことは外国の被災地では見かけません。
新戸部稲造はその著書『武士道』の中で「日本人の友人を最も悲しい時に訪問すると、彼は泣き腫らした顔に笑顔を受かべて迎えるだろう」そして「苦しい時の日本人の笑顔は、心のバランスを回復しようという努力を隠す幕」と述べています。ですから苦しい時に笑う日本人は決して鈍感なのではなく、心が敏感で激しやすく感じやすいので、常にコントロールする必要があるのです。
新戸部稲造は札幌農学校時代に出会ったキリスト教から多大な影響を受け、米国に留学して1899年に英語で『武士道』を刊行し世界的なベストセラーとなりました。彼は米国のキリスト教に対応する日本人の精神文化は武士道であると主張しています。当時のセオドア・ルーズベルト大統領も本書を読んで大いに感銘を受け、友人に配ったと言われています。彼は本書で西郷隆盛の「人を相手にせず、常に天を相手にするよう心がけよう。天を相手にして自分の誠意を尽くし、人を咎めずに自分の真心が足りないことを反省しよう」という言葉を紹介しています。
「イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた」私たちもしっかりと天を見つめましょう。
(寄稿 赤波江 豊 神父)