6月16日年間第11主日
黙想のヒント

「神の国を何にたとえようか。それはからし種のようなものである」(マルコ4:30~31)

 フローレンス・ナイチンゲールはクリミア戦争(1853~1856)に従軍看護し、その働きぶりからクリミアの天使と呼ばれていました。しかし彼女自身は、「天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために働く者です」と言い、多くの兵士が病院で亡くなるのを目の当たりにし、とにかく人を救うことに心血を注ぎました。彼女は「物事を始めるチャンスを私は逃しません。たとえからし種のような小さな始まりでも、芽を出し、根を張ることがいくらでもあるのです」と言い、従軍看護の後、亡くなるまでの50年間は徹底的な戦争看護の検証と、医学の抜本的改革に取り組みました。また膨大なデータを駆使した資料を作成し、統計学の先駆者としても評価されています。また当時のヴィクトリア女王の威を活用するなどの政治工作も厭わず、医療・看護体制の近代化を進めました。彼女は人を救うためなら何でもするという信念で、からし種のようなチャンスも決して見逃さなかったのでした。

 それからおよそ100年後、ナチスの迫害から逃れ、イギリスに亡命した医師のルートヴィヒ・グットマンは第二次世界大戦で障害を負った兵士に対して、「失ったものを数えるな、残されたものを最大限に生かせ」と語り、人生とはできることに集中することであり、できないことを悔やむことではないと彼らを勇気づけました。彼は後にイギリス障害者スポーツ協会を設立し、パラリンピックの基礎を築きました。

 7月26日からパリ・オリンピックが、8月28日からパリ・パラリンピックが開催されます。下半身不随に加え、不整脈、高血圧の障害がありながらアトランタ・パラリンピックから前回の東京パラリンピックまで通算6回出場し、通算15個の金メダルを獲得した成田真由美さんは、「私は障害と病気を与えてもらったから、いろいろなことに感謝できる人間になれた。暗く生きるのも自分、明るく生きるのも自分。だったら私は明るく生きたい。失ったものを数える人間より、得られたものを数える人間になりたい」と語りました。

 信仰においても、人生においても、恩恵やチャンスというものは、姿を変えてやって来ることが多いのです。それは場合によったら、事故や障害、また不遇な出来事を通して与えられるのです。しかしそのような逆境というからし種からこそ、多くのチャンスや才能が開花し、多くの人に「生きる勇気と希望の神の国」がもたらされるのです。ですから成田真由美さんだけではなく、多くの障害をもった人たちがその障害そのものに感謝しているのです。

 「逆境は最大の教師である」(イギリス首相ディズレーリ)  「失ったものを数えるな、残されたものを最大限に生かせ」この言葉がウクライナやパレスチナで障害を負った人たちの心に届きますように。そしてパリ・パラリンピックで生まれるであろう感動が彼らに勇気と希望を与えてくれますように。

      (寄稿 赤波江 豊 神父)

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