8月18日年間第20主日
黙想のヒント

「時をよく用いなさい」(エフェソ5:16)

 人生の転機には、神はその人にとって最も大切なものを奪うことがあります。しかし神はその人のために計らってくださるのであり、「あの時のおかげで」という日が必ず来ます。そして苦しみがあるところには、それを乗り越え力も同時に与えられているのです。

 ある男性は東京大学を卒業後、日銀に就職し最後は日銀本店の局長まで昇りつめ、定年退官後は神戸の地方銀行のトップに就きました。そして第二の人生これからという矢先に脳出血で倒れ右半身不随となり、どん底に突き落とされてしまいました。ある日、彼のことを聞きつけた宣教師がご聖体を持って彼の病室を訪れ、「イエス様をお連れしましたよ」と語りかけたところ彼は号泣し、それ以来彼の人生は180度変わってしまいました。奥さんによると彼はそれまで非常に優秀ですが、頑固で、プライドが高くて、いつも怒ってばかりでした。しかし病気で倒れた後は人間性がすっかり変わって、穏やかになって、怒ることもなく笑顔を絶やさなくなったそうです。

 その後彼は、病気のおかげで人間性を取り戻すことができたことに感謝し、病気で倒れたことを「神様からのお注射や」と呼んでいました。それどころか、何と病気で倒れた日を記念して、その日には奥さんとお祝いしていたそうです。私は今まで多くの病気の方と接してきましたが、病気で倒れた日を記念してお祝いまでする人に出会ったのは初めてで、これからもこのような人と出会うことはないかも知れません。

 私はよく彼を訪問して共に語り、祈ったのですが、彼の部屋にはお酒の瓶がよく目につきました。彼が倒れた原因の一つにお酒のこともあり、私が「あんまり飲んだらいけませんよ」と言うと、彼はいつも恥ずかしそうに頭をかきながら「アハハ」と笑うのでした。お酒が原因で倒れたからといって、その後償いの人生を送るのではなく、彼は最後まで人生を楽しんでいました。

 彼は右半身不随で不自由ではありましたが、決して不幸ではなく「あの時のおかげで」という思いで感謝の毎日を送っていました。そのような状態が30年以上続いた後、彼は静かに神のもとに召されました。亡くなる数日前、私が病室を訪問すると彼は盛んに指で天井に円を描いていました。何を描いていたのでしょうか。きっとその円の中には、かつて病気で倒れたとき、「イエス様をお連れしましたよ」と語りかけた宣教師とイエスの顔が浮かび上がっていたのでしょう。

 人生の転機に大事なものを失くしてしまった人たち、必ず「あの時のおかげで」という日が来ます。一瞬一瞬の出来事には必ず意味があり、必ず未来が拓かれる、そして自分は生かされているという感謝の心を忘れない以上、天が私たちを見捨てることは決してないのです。だから「時をよく用いなさい」

      (寄稿 赤波江 豊 神父)

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