「なんという空しさ、すべては空しい」(コヘレトの言葉1:2)
聖書がここで言う空とは虚無のことではなく、その背後に豊饒さと神聖さを秘めた何ものかなのです。確かにこの世のありとあらゆるものは過ぎ去って行きます。だからこそ決して過ぎ去ることのないものを求めよと聖書は言っているのです。そのことを福音は「神の前に豊かになる」(ルカ12:21参照)と表現しています。そして後にパウロは「愛がなければ、無に等しい」(1コリント13:2)と述べてコヘレトの言葉を完成させています。
この愛という言葉は日本語で優しさ、思いやり、感謝など様々な言葉で表現できます。現在85歳のプロゴルファー古市忠夫氏は「奇跡を起こす方程式」という言葉で、奇跡=才能×努力×感謝力であると述べています。彼は神戸でカメラ店を営んでいましたが、阪神淡路大震災で自宅、店舗は焼失してしまいました。しかし自宅から離れた駐車場に止めていた車は焼けずに残っていることに気づき、その中から愛用のゴルフバッグ一式を見つけました。これが残った唯一の家財道具で、その時これからはゴルフで生きて行こうと決意しました。人々は震災で多くのものを失いましたが、その代わり得られたものは人への愛であり、優しさ、人を思いやる心、感謝であり、積極的な心でした。震災前まで彼は、どんな状況でも不屈の精神で頑張れる人が真の勇者であると思っていましたが、震災後は頑張れることに感謝できる人が真の勇者だと分かりました。
彼は震災後、地域でボランティア活動を続けながら、2000年に何と59歳でプロゴルフのテストに合格しました。彼が言うには、「どんなときでも正直に、悔いなく感謝の心をもって生きると、ものすごいパワーが生まれて奇跡を起こしてくれる。それは誰が起こしてくれるのか。周りの人です。自分の力では、奇跡は起きません」これが、彼が言う感謝力です。即ち正直に、悔いなく感謝の心もって生きていると、周囲が応援してくれる。正直に生きれば、同じ正直な人が寄ってくる。人に感謝すれば、人は同じ感謝を返してくれる。そのような周囲の支えが大きなパワーとなって、自分でも信じられない力を出すことができる。つまり戦っているのは自分一人ではなく、みんなが一緒に戦ってくれる。彼はこのことを奇跡と言っているのです。
「感謝は人の心を大きくし、美しく、そして強くします。いくらゴルフが上手でもプロにはなれません。強い人がプロになるのです。そして強い人はいつも周りの人に感謝している。だからますます強くなる。いろいろなプロの姿を見てそう思う」彼はプロゴルファーとしてこのように語ったのですが、彼の言葉は信仰生活にこそ当てはまります。ですから、コヘレトの言葉は次のように言い換えることができます。「いくら頑張っても、周囲の人に感謝しなければ、すべては空しい」そしていつも周囲の人に感謝することが、「神の前に豊かになる」ことなのです。私たちは祈りの中でよく「神に感謝」と唱えますが、人に感謝しない人が神に感謝はあり得ません。
(寄稿 赤波江 豊 神父)