「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」(マタイ3:17)
この言葉は、単に天の御父からイエスに語りかけられた言葉だけではなく、今度はイエスから私たち一人一人に向けられた言葉であり、私たちの2026年信仰の旅路の糧として受け取りましょう。同時にこの言葉は、時代に応じて様々な形で表現されてきました。
かつて世界的なベストセラーになったブラジルの作家パウロ・コエーリョの小説に「アルケミスト」(錬金術師の意味)があります。単純な物語ですが、自己啓発的で、人間の運命について考えさせてくれる言葉が詰まっています。スペインの元神学生で羊飼いの少年サンチャゴは、ある日夢の中で一人の子供から『エジプトのピラミッドに来れば宝を発見できる』と告げられ、少年はそれを信じて旅に出かけます。道中様々な人たちと出会い、困難に遭遇しながらも、人生の知恵を学びながら、少年は成長していきます。
旅に出る前、少年は一人の老人に出会います。老人は少年から夢の話を聞いたわけでもないのに、ピラミッドの近くに宝があると告げ、『宝物を見つけるためには、前兆に従って進め。前兆の語る言葉を見逃してはならない。特に、運命に最後まで従うことを忘れるな』と語ります。何が運命か分からない少年に『それは、おまえがいつもやりたいと思っていることだよ』と答えます。老人は「前兆」という言葉を繰り返します。それは運命を実現させようと思ったときに現れる力であり、それをしっかりつかむことが運を引き寄せるのだと老人は少年に教えます。そして老人は度々少年に『おまえが何か望めば、宇宙の全てが協力して、それが実現できるよう助けてくれる』と助言します。この言葉は、夢に向かって歩み出そうとする人たちへの『これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』というイエスの言葉を変えた語りかけでもあるのです。
少年はキャラバン隊と砂漠を進みながら、やがて一人の錬金術師に出会います。この錬金術師は少年に人生についていろいろ教えますが、錬金術については教えてくれません。錬金術を教えてほしいと頼む少年に『おまえはもう錬金術を知っている。それは大いなる魂とつながることであり、おまえのためにとってある宝を発見することだ』と諭します。その宝とは物質としての金ではなく、魂という霊的なものを目に見える形で実現することが錬金術であり、それは金よりもはるかに尊い価値のある宝物なのです。
イエスは誕生のとき、東方の博士たちから贈り物の一つとして黄金を贈られました。この黄金は、神の前で最も価値ある愛を意味します。愛という目に見えない宝を、目に見える形で実現したのがイエスの生き方です。ヨルダン川でイエスが洗礼を受けたとき、現れた鳩はイエスの運命の「前兆」でした。錬金術師が少年に語ったように、錬金術とは、大いなる魂とつながること、自分のためにとってある宝を発見することです。その意味で、洗礼によって自らの宝である御父の御旨を見出し、宣教活動によって神の国を実現したイエスこそ「愛の錬金術師」でした。
(寄稿 赤波江 豊 神父)