newspics1

 

受難の主日(枝の主日)

4月2日、受難の主日(枝の主日)のミサが赤波江神父司式で行われました。

教会ホールで棕櫚の枝を持って赤波江神父から祝福を受けたのち、枝で飾られた十字架をもった丹生神学生、侍者、赤波江神父に続き、信徒も枝を手に入堂しました。

コロナ感染拡大下で見合わされていた枝の行列も4年ぶりです。

司祭、朗読奉仕者、会衆が分担して行われる受難の朗読をうけて、赤波江神父は 「このように全員で朗読することは、イエスを十字架につけたのは当時のユダヤ人だけではなく、今も私たちは罪によって、イエスの手に釘を打ち続けていることを実感するためなのです。」と話されました。

newspics1

 

また、「イエスは荊(いばら)の冠をかぶせられましたが、荊とは野ばらであり、派手ではない可憐な花をつけます。荊は荊では終わらずいつか花を咲かせます。

今、荊の道を歩んでおられる方、いつか花が咲く日が来る、もしかしたらもうすでに1輪可憐な花をつけているかもしれません。荊は荊で終わらない、ということを心にとめて歩んで行ってください」と話されました。

ミサの後,復活祭前の大掃除を行いました。これは3年ぶりです。

聖週間に入りました。ご受難に思いをめぐらし、心を整え、主の復活を待ち望みます。

newspics2

 

newspics3

 

newspics4

 

newspics5

 

newspics6

 

newspics7

 

トップページ | 全ニュース